• date : 2023年9月15日〜2024年1月27日
    place : 国際交流基金シドニー日本文化センター
    type : シュガーペインティング 油彩 水彩画

    Images by Document Photography

    テキスト 井關悠

    佐々木愛は、様々な国や地域での滞在を通じ、その土地で語り継がれてきた神話、伝承や物語と、彼女が目にした風景や動植物との出会いから着想を得て、ドローイング、油画、木彫、そして粉砂糖を用いた製菓の装飾技術であるロイヤルアイシングによる壁画と、多岐に渡る技術と手法により制作してきました。反復する形象や文様を純白の砂糖で描き象る壁画、シンプルなかたちと鮮やかな色彩のドローイングと油画など、彼女は見たものをそのまま写しとるのではなく、一度自身の身体へと取り込み、心象として立ち上がってきたものを描いた彼女の作品は、見る者自身の「記憶」から想起される世界と現実界とが交わる情景となります。

    佐々木は「渡りの道しるべ(Wayfinder’s Passage)」と名づけた本展で、日本の最北端に位置する北海道とオーストラリアとを行き来する渡り鳥のオオジシギ(Latham’s Snipe)を主題に、彼女がこれまでに世界各地を巡るなかで描いてきた作品、過去のオーストラリア滞在の記憶やイメージを辿り制作した新作、そしてTHE JAPAN FOUNDATION GALLERYの窓全面に描く壁画によって、日本とオーストラリアを繋ぐ物語を新たに創造します。

    オオジシギは、主に春から夏にかけて北海道で繁殖し、赤道を超えて海を渡り、秋から冬にかけての越冬期をオーストラリア東部からタスマニア島にかけての地域で過ごします。彼らは一説によると、最大約9000キロにも及ぶ距離を、どこにも立ち寄らず、太平洋上を6日間かけて一直線に渡ります。2020年に入り私たちはかつてない疫病の災禍を経験することになりました。3年以上もの間、私たちは自由に国境を越え移動することも、人々とつながることも叶わなくなりました。しかしその間も、オオジシギは私たち人間が定めたルールとは関係なくこの営みを続けていたのです。

    北海道にはアイヌ(Ainu)と呼ばれる先住民が存在します。文字を持たない彼らは、あらゆるものに神が宿ると考え、その物語を口伝えに紡いできました。オオジシギはアイヌの人々にとってはチピヤクカムイ(Chippiyak Kamui)という神となります。そして彼らにとって鳥は豊かさの象徴でもあります。アイヌに語り継がれる神話のなかでチピヤクカムイは神々(Kamui)から人間の世界を観察し伝えるよう命じられ、オオジシギに姿を変えて地上に降り立ちました。しかし地上の美しさに心奪われ自らの使命を忘れてしまい、神々の世界に戻ることができなくなってしまったといいます。そのオオジシギが見た景色はどんなものだったのでしょうか。

    オオジシギとともに北海道とオーストラリアの植物が描かれたこの壁画作品は、本展会期終了後に撤去され、この世界から姿を消します。しかしこの越境と往還の物語は、THE JAPAN FOUNDATION GALLERYを訪れた皆さんの記憶へと刻まれ、そしてそこからまたいくつもの新しい物語となって語り継がれていくことでしょう。私たちが再び国境を越え、他者との交流をもつことができるようになった今、「渡り(Wayfinder)」の示す「道(Passage)」を見つめ、海の向こう側へ思いを馳せてみてください。